今回は、特許出願書類のうち明細書についてみていきたいと思います。明細書には多くの事項を記載する必要があります。また、明細書の書き方は執筆者によって異なり、一概には語れません。このため、一つの記事では明細書について説明しきれません。したがって、一般論に絞り、複数の記事で明細書の役割、フォーマットの説明から始め、フォーマット中の各項目について説明していきます。
明細書の役割
まずは、一部復習となりますが、明細書の役割について説明します。明細書の役割としては幾つかありますが、主に①発明を公開する、②発明の解釈への利用、③補正の根拠が挙げられます。
発明を公開する
特許法上、明細書は、基本的には、発明を公開するために存在します。したがいまして、明細書の最も重要な役割としては発明を公開するということになります。
とはいえ、発明をどのように公開すればよいのでしょうか。発明の公開に関し、2つの拒絶理由が存在します。1つは実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)、もう1つはサポート要件(特許法第36条第6項第1号)です。
実施可能要件(特許法第36条第4項第1号)
実施可能要件について、特許法上は、明細書について、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」を要求しています。
いろいろとややこしいですが、「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」とは、いわゆる当業者というもので、平たく言うと発明の分野の技術者と考えてください。語弊はかなりありますが、「同業他社」と理解するのも手っ取り早いです。
それから、「その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載した」というところですが、「その実施」とは、発明の実施です。それから、「明確かつ十分に」は語弊はありますが、きちんと丁寧にという感じですかね。
そうすると、大雑把に要約すると、「明細書は、技術者が発明の実施をすることができる程度にきちんと記載したものである」ことが要求されることになります。他人がわかるようにちゃんと書いてねと。
具体的にはどの程度というところですが、こちら特許庁が公開している特許実用新案審査基準には発明のカテゴリに応じて説明がされています。
「物の発明」の場合
(i)「物の発明」について明確に説明されていること
(ii)「その物を作れる」ように記載されていること
(iii)「その物を使用できる」ように記載されていること
物の発明の場合、まずは発明について明確に説明した上で、その物が作れる、使用できるように記載しなければなりません。
「物が作れる」ように記載するハードルは、技術分野や技術そのものによっても大きく変わり得ます。例えば、単純な機械装置の場合、作り方自体は従来から知られている方法を用いることも簡単です。このような場合、「作る」ことは簡単に記載すればよいですし、製造工程を記載せず、単に構造のみ記載すれば十分かもしれません。一方で、製薬分野で新規化合物を発見した際には、製造方法がわかりませんので、合成方法を開示することが必要となります。
また、「物を使用できる」ように記載するハードルも、やはり技術分野や技術そのものによっても大きく変わり得ます。機械の発明の場合には、機械の構造、仕組みが開示されれば、どのような作用・効果があるのか理解できますから、「物を使用できる」ように記載することは簡単です。一方で、化学分野の場合、例えば薬を使用した場合にどのような効果があるのかは薬の組成、化学構造をみただけでは理解できませんから「実施例」という実証実験の開示が必要となります。
「方法の発明」の場合
(i)「方法の発明」について明確に説明されていること
(ii)「その方法を使用できる」ように記載されていること
方法の発明の場合には、物の発明と基本的には同様ですが、当然ながら「作ることができる」必要はありません。留意点についても同様です。
「物を生産する方法の発明」の場合
(i)「物を生産する方法の発明」について明確に説明されていること
(ii)「その方法により物を生産できる」ように記載されていること
こちらも、方法の発明と同様ですね。
以上、つらつらと紹介しましたが、上記の審査基準の要件を念頭に置きながら明細書を読むと、記載の理由も理解でき易いかと思います。
サポート要件(特許法第36条第6項第1号)
サポート要件は、厳密には特許請求の範囲に関する要件です。しかしながら、明細書の記載と密接に関係しています。サポート要件では、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」を要求しています。要するに、特許請求の範囲に記載した発明は、明細書に十分に記載しましょうということです。
この要件、単に請求項に記載した発明を文字通りに明細書に記載すればよいのではなく「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載」することが大事です。
例えば、絵の具の発明があったとします。
【特許請求の範囲】
【請求項1】 絵の具。
そして、発明の課題が、「赤色を表現可能な絵の具を提供する」だったとします。特許請求の範囲に記載された「絵の具」には何ら限定がないことから、赤色のみならず、黒色や青色の絵の具も含まれてしまいます。そうすると、黒色の絵の具や青色の絵の具については、課題を解決できませんから、このサポート要件を満たさないことになります。この場合、請求項1を「赤色の絵の具」に限定する必要があります。
サポート要件は、上述したように特許請求の範囲の記載に関する要件ですが、翻って見ると、特許請求の範囲の範囲に記載した事項については、その全範囲にわたって課題が解決できるように明細書に記載しなければなりません。
「全範囲」がポイントです。発明は、範囲を有しています。持ってきていただいた製品についてのみ課題が解決できても、ピンポイントの点についてのみ課題が解決できているわけです。その製品の原理を考慮して課題を設定して、製品を含む発明の全範囲にわたって課題を解決できるように記載する必要があります。
特許法上は、発明を十分に公開できていれば、明細書に関し拒絶されることは基本的にはありませんから、その意味では、下の2項目は気にする必要はありません。とはいえ、明細書の役割として考えると、下の2項目は大変重要です。
特許請求の範囲に記載される発明の解釈に利用する
侵害訴訟においては、発明の範囲(技術的範囲)は、基本的には特許請求の範囲に基づいて判断されます。しかしながら、言葉とはどうしても不明確なもので、特許請求の範囲に記載された用語の定義について争いとなることも少なくありません。このような場合には、明細書等の記載を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語を解釈します。定義について争いになりそうな用語については、明細書中で明確に定義しておくことが重要です。
補正の根拠の倉庫
出願人にとっては、実はこの点が一番重要ではないでしょうか。特許出願においては、審査があります。そして主に特許請求の範囲について審査が行われますが、一度は拒絶されることが一般的です。この場合において、対応策として特許請求の範囲に記載される発明を減縮する(範囲を狭める)補正を行って、特許査定を得ることが一般的です。
しかしながら、発明を減縮するにあたっては補正の根拠が必要です。すなわち、補正するにあたっては、原則、出願書類に記載されている事項しか、補正に利用できません。例えば、上の絵の具の例ですと、「赤色の絵の具」という文言を明細書中に記載していないと、補正ができないことになります。具体的には、新規事項を追加したとして、拒絶されてしまいます。したがって、審査において指摘される拒絶理由を予想して、明細書中に記載を大量に書き込んでおくことが重要です。
明細書のフォーマット
明細書の役割を説明したところで、明細書のフォーマットを見ていきましょう。日本の特許出願書類のフォーマットは、三極出願様式という、欧州、米国、日本とで開発された様式に準拠しています。この出願様式を用いることにより、ほぼすべての国で適法に出願を行うことが可能です。
明細書の項目一覧
イメージが湧かないかもしれませんので、まずは項目を挙げてみます。
【書類名】 明細書
【発明の名称】
【技術分野】
【0001】
【背景技術】
【0002】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】
【特許文献2】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】
【非特許文献2】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【・・・・】
【課題を解決するための手段】
【・・・・】
【発明の効果】
【・・・・】
【図面の簡単な説明】
【・・・・】
【図1】
【発明を実施するための形態】
【・・・・】
【実施例】
【・・・・】
【産業上の利用可能性】
【・・・・】
【符号の説明】
【・・・・】
【受託番号】
【・・・・】
【配列表フリーテキスト】
【配列表】
上記のうち、赤色でマークしたものが大見出し、黄色でマークしたものが小見出しです。黄色でマークした小見出しとマークしていない小見出しは、状況に応じて省略されることもあります。
また、明細書は、基本的に4桁の項番号【0001】が振ってあります。
項目に沿った明細書の文章の流れ
各項目の説明や留意点については、次回以降にするとして、今回は、どのような流れで明細書を記載するか、項目を挙げながら説明します。
①【発明の名称】の欄にて、どのようなカテゴリの発明かを宣言します。
② 次に、【技術分野】の欄にて、どのような技術分野の発明かを宣言します。
③ その後、【背景技術】、【先行技術文献】の欄にて、出願人が知っている従来の技術を説明します。
④ 次に、【発明の概要】の欄にて、背景技術をベースにして、本願発明を開示します。ここでは、発明の骨格を説明すると考えてください。
⑤ 最後に、【発明を実施するための形態】の欄において、発明を具体的にかつ詳細に開示します。ここでは、先ほど述べた実施可能要件やら補正の根拠やらを考慮して、細かな点まで記載していきます。
必要に応じて、この欄では、【実施例】の欄を設けて、発明の効果を実験例にて実証します。
以上のような流れが基本です。従来技術の説明に始まって、それに対して改良した発明を発明の概要の欄で開示する。そして、その開示した発明を具体的に実施するためにはどのようにすればよいかを詳細に説明するという順番です。
その他、細かな項目としては、
【産業上の利用上の可能性】については、発明が産業上どのように有用かを説明しますが、殆どの場合、省略されています。
それから、【図面の簡単な説明】と【符号の説明】については、図面を添付した際に記載します。これらの欄については、図面の説明時に併せて説明します。
【配列表】、【受託番号】については、バイオ系で使用される項目で、遺伝子の配列や、公的機関に寄託した微生物などについて記載します。
ともかくとして、明細書の文章の流れと項目との関係を把握しておくと、明細書を読む際にも見通しが良くなるかと思います。
次回からは、各項目の記載と留意点について説明していきます。