前回、特許出願書類のフォーマットについて説明しました。今回からは、前回紹介した各書類について詳細に見ていきたいと思います。まずは、最も重要である特許請求の範囲から解説していきます。
特許請求の範囲は、特許権の権利を確定させるための書類
前回もお伝えしましたが、特許請求の範囲は、特許が登録された際に特許権の権利範囲(技術的範囲)を示す書類であり、出願書類の中でも、権利書としての性格が強い書類です。出願人にとっては最も重要な書類であるといえます。特許権の権利範囲は、発明を特定することにより行われます。文言として発明を特定するため、作成するには知識と経験が必要になります。
また、こちらも前回お伝えしましたが、好き勝手に権利範囲を設定できるわけではありません。記載する発明は新規であることが必要ですし、その他、特許法に定められた各種要件を満たすように特許請求の範囲を記載する必要があります。
但し、今回は記載する発明が上記のような各種要件を満たすことを前提として、特許請求の範囲がどのような形式であるのか、また、このような形式の中でどのようなことを意図して発明が記載されるのかを見ていきたいと思います。
特許請求の範囲の形式
まずは、特許請求の範囲を具体的に見ていきましょう。こちら、以前私が執筆した特許請求の範囲を一部ぼかして記載しています。現段階で真面目に読む必要はなく、これを参照しながら特許請求の範囲について説明していきます。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材と、
前記繊維基材の表面の少なくとも一部に、A剤により形成された表面処理層と、
前記表面処理層上に固定されたB化合物層と、を有し、
前記A剤が、C基を有するA化合物を含む、繊維製品。
【請求項2】
前記繊維基材は、その表面にD基および/またはE基を有し、
前記D基および/または前記E基を介して前記表面処理層が前記繊維基材に固定される、請求項1に記載の繊維製品。
【請求項3】
前記繊維基材は、F系繊維を含む、請求項1または2に記載の繊維製品。
【請求項4】
前記A剤が、a1を含む、請求項1に記載の繊維製品。
【請求項5】
さらに、前記B化合物層の表面に固定されたG物質を有する、請求項1に記載の繊維製品。
【請求項6】
前記G物質が、g1を含む、請求項5に記載の繊維製品。
【請求項7】
前記g1が、g1’を含む、請求項6に記載の繊維製品。
・・・・・
【請求項11】
繊維基材の表面の少なくとも一部をA剤により処理して前記繊維基材の少なくとも表面の一部に表面処理層を形成する工程と、
前記表面処理層上にB化合物層を形成する工程と、を有し、
前記A剤が、C基を有するA化合物を含む、繊維製品の製造方法。
【請求項12】
前記表面処理層を形成する工程に先立ち、さらに、前記繊維基材の表面にD基および/またはE基を導入する工程を有する、請求項11に記載の繊維製品の製造方法。
【請求項13】
さらに、前記B化合物層上にG物質を固定する工程を有する、請求項11または請求項12に記載の繊維製品の製造方法。
特許請求の範囲には複数の発明を記載できる
まず、上の特許請求の範囲には、「【請求項××】」という記載がいくつもあります。これ、実はそれぞれの請求項に発明が記載されているのです。このように特許請求の範囲には、複数の発明を記載することができます。このように特許請求の範囲に複数の発明を記載することにより、一つの技術について、多角的に権利を取得することが可能になります。
発明のカテゴリ
次に、請求項1~7(本当は請求項1~10)と、請求項11~13の最後の記載に注目してください。請求項1~10では「繊維製品」、請求項11~13では「繊維製品の製造方法」と記載されています。各請求項のこの語尾の記載は、発明のカテゴリとなります。すなわち、請求項1~10には、「物」としての「繊維製品」の発明が記載され、請求項11~13には、「物の製造方法」としての「繊維製品の製造方法」の発明が記載されています。日本では、以下の3つの発明のカテゴリが存在します。
① 物の発明
② 方法の発明
③ 物の製造方法の発明
なぜ発明のカテゴリを分けるかというと、まず、発明のカテゴリによって権利行使できる侵害者の行為が異なるからです(ただし、今回についてはあまり変わりありませんが)。また、侵害者に対して権利行使する際には、物の発明については侵害品を分析して侵害を特定する必要があるのに対し、方法(物の製造方法)の発明では、その行為自体に基づいて侵害を特定する必要があります。
一般論としては、「物の発明」が一番侵害を特定しやすいとは言われていますが、多角的に新規な技術を保護するためには、「物の発明」、「物の製造方法の発明」、「方法の発明」を組み合わせて、特許請求の範囲に記載しておくのが好ましいといえます。
用途を広げると権利範囲も広がる
次に着目していただきたいのは、発明の「用途」です。今回の上述した発明では、「繊維製品」と記載されており、特段「繊維製品」の用途は限定されていません。そうすると、どのような用途、例えば、衣料品、家具用ファブリック(ソファーなど)、カーテン、建築材(壁紙)等々どのような用途においても、本願発明の技術が使用されていれば、権利行使が可能です。
それでは、請求項に「衣料品」と記載した場合はどうなるでしょうか。
こちらの場合、例えば、ソファーのファブリックに本願発明の技術が使用されていたとしても、ソファーのファブリックは衣料品ではないため、権利範囲に含まれず、侵害を問えないことになります。このように、発明のカテゴリを記載する際に用途は特定しないほど、権利範囲は広がります。
では、どのような場合でも、発明のカテゴリを記載する際に用途を特定しないほうが好ましいのでしょうか。実はそうとも限りません。用途を特定しない場合、あらゆる用途に関する技術が先行技術となってしまいます。
例えば、衣料品のための新規な技術を開発し、その技術に関する発明について出願する場合を考えます。発明のカテゴリを「衣料品」と記載しておけば、その他の繊維製品、例えばカーテン、ソファーのファブリックなどについての技術が審査において引用される可能性は低くなります。一方で、発明のカテゴリを「繊維製品」と記載すると、衣料品、カーテン、ソファーのファブリックを含むあらゆる繊維製品に関する技術分野から、審査において引用文献が引かれます。そうすると、発明が新規でないと指摘されて出願が拒絶される可能性が高まります。すなわち用途を限定するほど特許を得る可能性が高まります。
このように、用途の特定は、権利範囲をどこまでにするか、先行技術とする技術分野をどこまでに絞り特許を得やすくするか、において非常に重要です。
部品と完成品、どちらを書くか
上記の例から離れますが、例えば、パソコンの部品に適した「コンデンサ」の技術を開発したとします。この場合、発明のカテゴリとして、「コンデンサ」を記載すべきでしょうか、あるいは「パソコン」を記載すべきでしょうか。
発明のカテゴリとして「コンデンサ」を特定した場合、侵害者がコンデンサを販売することを防止することが可能です。また、侵害者の「コンデンサ」を使用したパソコンの製造、販売も防止することができます。
一方で、発明のカテゴリとして「パソコン」を特定した場合、侵害者のコンデンサを使用した「パソコン」の製造、販売も防止することができます。しかしながら、基本的には、第三者がコンデンサを製造・販売することは防止できません(例外はありますが)。コンデンサは、「パソコン」ではありませんから。
このように、部品、完成品のどちらを発明のカテゴリと選択するかについては、まず、どのような物が市場に流通するかを考えることが大事です。自社が販売していないからといって、競合他社が販売する製品を抑えておかないと、せっかくの特許権も骨抜きになります。
ところで、完成品「パソコン」を特定する必要がないかといえば、そうでもありません。一般には部品よりも完成品の方が価格が高いことから、ライセンス交渉なのでは少し有利とは言われています。実情を理解している企業相手には難しいですが。また、「パソコン」を製造する業者に販売する場合のアピールにもなります。
このような場合、通常は、部品「コンデンサ」の請求項と完成品「パソコン」の請求項を作っておき、部品「コンデンサ」について中心的に記載することが多いです。
独立請求項と従属請求項
次に、独立請求項と従属請求項について説明します。上の例では、独立請求項を赤で、従属請求項を黄色でマークしました。何か違いに気づきましたか?
独立請求項の最後の記載は、「繊維製品」または「繊維製品の製造方法」、
これに対し、従属請求項の最後の記載は「請求項XXに記載の繊維製品」または「請求項XXに記載の繊維製品の製造方法」となっています。この、「請求項XXに記載の」という記載は、他の請求項を引用していることを表しています。このように、他の請求項を引用した請求項を従属請求項、これに対して他の請求項を引用していない請求項を独立請求項といいます。従属請求項は、その請求項に記載された構成要件に加え、引用する請求項の構成要件も有しています。
【請求項1】
繊維基材と、
前記繊維基材の表面の少なくとも一部に、A剤により形成された表面処理層と、
前記表面処理層上に固定されたB化合物層と、を有し、
前記A剤が、C基を有するA化合物を含む、繊維製品。
【請求項2】
前記繊維基材は、その表面にD基および/またはE基を有し、
前記D基および/または前記E基を介して前記表面処理層が前記繊維基材に固定される、請求項1に記載の繊維製品。
この上の例ですと、従属請求項である請求項2に記載の発明は、請求項2に記載された事項+請求項1に記載された事項となります。書き直すと以下のような感じですね。
【請求項2】(実質的な内容)
繊維基材と、
前記繊維基材の表面の少なくとも一部に、A剤により形成された表面処理層と、
前記表面処理層上に固定されたB化合物層と、を有し、
前記A剤が、C基を有するA化合物を含み、
前記繊維基材は、その表面にD基および/またはE基を有し、
前記D基および/または前記E基を介して前記表面処理層が前記繊維基材に固定される、請求項1に記載の繊維製品。
この従属請求項を使用すると段階的に権利を狭めた記載が可能となります。具体的には、独立請求項で最も広い権利範囲を記載して、その後、従属請求項で独立請求項を引用することにより、独立請求項よりも狭い権利範囲を記載することができます。従属請求項は、他の従属請求項を引用することも可能です。このような独立請求項、従属請求項を有効に利用することにより、柔軟に複数の発明を特許請求の範囲に記載することが可能となります。
マルチクレーム、シングルクレーム
ところで、以下の請求項2と請求項3、4ですが、従属の仕方に違いがあるのに気づきましたか?
【請求項1】
繊維基材と、
前記繊維基材の表面の少なくとも一部に、A剤により形成された表面処理層と、
前記表面処理層上に固定されたB化合物層と、を有し、
前記A剤が、C基を有するA化合物を含む、繊維製品。
【請求項2】
前記繊維基材は、その表面にD基および/またはE基を有し、
前記D基および/または前記E基を介して前記表面処理層が前記繊維基材に固定される、請求項1に記載の繊維製品。
【請求項3】
前記繊維基材は、F系繊維を含む、請求項1または2に記載の繊維製品。
【請求項4】
前記A剤が、a1を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の繊維製品。
請求項2は、請求項1のみ引用しています。これに対し、請求項3、4は、複数の請求項を引用しています。請求項2のような一つの請求項のみを引用する請求項をシングルクレーム(single-dependent claim)、請求項3、4のような複数の請求項を引用する請求項をマルチクレーム(multi-dependent claim)といいます。
マルチクレームには複数の発明が記載されています。例えば、請求項3を例にとると、請求項1または2を引用していますから、請求項3には、実質的に請求項1を引用した請求項3と、請求項2を引用した請求項3とが記載されています。
【請求項3’】
前記繊維基材は、F系繊維を含む、請求項1に記載の繊維製品。
【請求項3”】
前記繊維基材は、F系繊維を含む、請求項2に記載の繊維製品。
このようにマルチクレームは、複数の構成要件の組み合わせを柔軟に表現することが可能となり、審査される発明の数を増やすことから、多用されています。
ついでに、マルチーマルチクレームについても紹介します。マルチーマルチクレームは、マルチクレームを引用するマルチクレームです。上の例だと請求項4ですね。請求項3はマルチクレームですが、請求項4は請求項3を引用しつつ他の請求項1,2も引用するマルチクレームとなっています。
実は、マルチーマルチクレームは、現在日本の特許庁において禁止されています。しかしながら、マルチーマルチクレームを使用すると非常に多くの発明を特許請求の範囲に記載することが可能となり、出願人にとって非常に有益な記載形式でした。そして、欧州をはじめ多くの国において未だ使用されています。
特許請求の範囲の見るべきポイント
はい、細々とした解説をご覧いただきお疲れ様です。上の解説は気になった際に参照して読んでいただければ十分です。上のようなルールに基づいて特許請求の範囲は記載されていますが、それでは、特許事務所から案文が届いた際にどのように特許請求の範囲を眺めればよいのでしょうか。
特許請求の範囲を眺める場面
そもそも、どのような場面で特許請求の範囲を眺めるのでしょうか。もちろん、特許請求の範囲を作成する場面では、特許請求の範囲の記載をじっくりと検討しますが、作成後では、権利行使をする場合(される場合)、それから審査(審判)にて対応する場合が特許請求の範囲の記載の主な検討場面となります。そうすると、これらの場面を想定しながら特許請求の範囲を作成することが求められます。
どの請求項が権利なの?
次に、特許請求の範囲には、通常多くの請求項が記載されていますが、これらのうちどの請求項が特許権として利用できるのでしょうか。
結論としては、特許請求の範囲に記載される請求項一つ一つが特許権として取り扱われます。侵害訴訟などでは、どの請求項の特許権を被疑品が侵害しているかを具体的に特定して行われます。複数の請求項のうちいずれかの特許権を侵害していれば、特許権侵害が成立します。
侵害事件は、通常予期せず起こります。想定していない状況も当然あり得ます。このため、特許請求の範囲には、複数の発明のカテゴリー、複数の請求項を用いて、多角的に発明を記載することが好ましいといえます。
請求項の記載が多いほど特許権侵害を特定しにくくなる
厳密には違いますが、一般論として、一つの請求項の記載が多いほど⇒請求項に記載される構成要件が多いほど特許権の侵害を立証することが困難になります。侵害訴訟では、例えばある請求項に4つの構成要件が記載されている場合、被疑侵害品がその4つの構成要件を備えていることを立証しなければなりません。一般論ですが、構成要件は少ないほうが侵害訴訟時の立証負担が少なくなります。
審査でどのように取り扱われるか
審査においては、基本的には全ての請求項について審査が行われます。そして、それぞれの請求項について拒絶理由があるか否か、すなわち特許できるか否か検討されます。また、複数の請求項のうち、一つでも拒絶理由があると、特許出願全体が拒絶されます。
審査において、多角的に、また段階的に発明が記載されていることは非常に有利なことであり、審査官がある請求項については特許可能であると指摘することも少なくありません。このような場合、独立請求項に特許可能な請求項を組み込んで、拒絶理由を解消することが可能です。
特許請求の範囲の構成を考える
カテゴリを網羅する
まず、必要な発明のカテゴリが網羅されているか、確認しましょう。当然ながら、自社事業で使用する方法や、製品がカバーされることは必須です。一方で、他社が事業で使用する方法、製品をカバーすることも忘れないようにしましょう。特許においては、他社が自社技術を模倣することを抑制・けん制することが重要です。
用途の特定が適切かを確認する
上述しましたように、発明のカテゴリにおいて用途をどのように設定するかにより特許権の権利範囲が大きく変わります。自社、他社の現在、そして未来の事業範囲から考えて、これらをカバーできる程度の用途となっているか、ご確認ください。一方で、用途があまりにも広すぎると審査等において引用される先行技術文献が増加します。これらの兼ね合いを考慮した用途が記載されているかご確認ください。
効果の発現する最低限の構成かつ新規な構成が記載されているか
請求項に記載する発明の構成は少ないほうが権利行使しやすいことを上で述べました。一方で、新規でない発明を記載したり、新規であっても効果が全くない発明を記載している場合には特許が許可される見込みが小さくなります。独立請求項に記載された発明が、効果の発現する最低限の構成であるか、また新規な構成であるかを確認しましょう。
くれぐれも余計な構成が付加されていないか確認しておきましょう。
段階的に発明を狭めているか
独立請求項には発明をできる限り広く記載しますが、一方で、従属請求項においては、発明に構成要件を追加し、発明の範囲を段階的に狭くします。発明の特徴に応じて発明の範囲を段階的に狭めているか確認しましょう。あまり発明の特徴と関係ないところで発明の範囲を狭めても特許になる確率はあまり向上しません。発明の特徴に近い構成を段階的に限定していくのが一般論としては好ましいといえます。
チャレンジクレームと落としどころ
これは打ち合わせ時に確認しておくべき事項かもしれません。少し背伸びをして、権利化が困難かもしれない範囲まで発明の範囲を広げた請求項(クレーム)をチャレンジクレームといいます。通常、チャレンジクレームは、独立請求項です。うまくいけば、広い範囲の権利の取得が可能です。
一方で、さすがにこの構成要件を特定すれば特許になるだろうとの見込みまれる構成要件を、「落としどころ」と呼んでいます。このような落としどころは、通常は出願の打ち合わせ時において確認します。
チャレンジクレームを記載するか否かは、あまり問題とはなりませんが、落としどころが請求項に記載されているか、少なくとも明細書中には記載されているか確認しておいてください。